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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)548号 判決

原告 藤田節子

被告 神戸市

右代表者市長 宮崎辰雄

右訴訟代理人弁護士 中嶋徹

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告は

被告は原告に対し一〇〇万円及びこれにつき昭和五九年四月二六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め

被告は主文同旨の判決を求めた。

二  請求原因

1  原告は、昭和五九年一月一一日午後一時三〇分ごろ神戸市北区西大池二丁目市営大池住宅地内・市道上を歩行中、後方より自動車の接近する気配を感じてふり向き、自動車が来るのを現認したので安全のため道路の右端に寄ろうとして向き直ったとたん、被告神戸市営住宅の傾斜地から右市道上に張り出した雑木の枝が原告の右眼に当り負傷した。

2  前記事故の原因となった雑木は、被告の住宅局が植栽管理しているものであって、被告は民法七一七条の責任がある。

3  また、本件事故は、本来、人や車が安全に通行すべき道路上に雑木の枝が伸び危険な状態にあったのに、右道路の設置管理者である被告がこれを放置していたため生じたものであって、道路の管理に瑕疵があり、被告は国家賠償法二条の責任がある。

4  原告の損害

(一)  通院治療費 六万二七〇円

(二)  逸失利益

二一日間の休業による収入減 一四万五四〇四円

昇給目減による収入減 五〇万円

(三)  慰藉料 三〇万円

合計 一〇〇万五六七四円

5  よって、原告は被告に対し前記損害賠償請求権のうち、一〇〇万円とこれにつき訴状送達の日の翌日である昭和五九年四月二六日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の答弁

1  請求原因事実のうち、原告主張の市営住宅敷地が被告所有であることは認めるが、同主張の雑木が被告の植栽にかかること、市道の管理に瑕疵が存したことは否認し、原告の損害については争い、その余の事実は不知。

2  被告に民法七一七条又は国家賠償法上の責任はない。

3  本件事故現場附近は、極めて見透しのよいところで、仮りに道路脇から木の枝が出て道路の通行に危険な状態であれば、歩行者として当然原告も気づくべきである。

原告はその後方約三二メートルの地点に自動車を認めたのであるから、それ程あわてて避譲しなくとも十分時間的余裕があったはずであり、むしろ、本件事故の原因は、原告が不必要にあわてて道路端に寄ったために生じたものであって、いわば自ら招いた事故にすぎない。

4  本件現場附近の市営住宅は、居住者の多くが庭に植樹し、各自管理しており、これら樹木の枝が二〇センチメートル余り伸びた程度の管理まで被告にその義務があるものとは到底考えられない。

四  証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によると、請求原因第1項の事実を認めることができる。

二  原告は、前記雑木が被告の植栽するものであると主張するが、《証拠省略》によると、右雑木は同証人方の庭先と本件事故現場である市道とを区画している土手の斜面に生えており、同人らが入居する以前に植えられたものであること、本件現場附近にある神戸市営大池住宅では、居住者が思い思いに庭木を植栽していて、別段被告において植栽したり、管理するなどの事実はないことが認められる。

三  そこで、雑木の枝が道路上に伸びた状態が放置され、そのため通行人が負傷した場合、右道路の管理に瑕疵があるというべきか否かにつき検討する。

1  《証拠省略》を総合すると、本件事故現場附近の道路は、車道、歩道の区別のない団地内の道路であって、幅員約五メートルの緩い傾斜をなし、両側に幅〇・二五ないし〇・三〇メートルの側溝が設けられ、事故当時、進行方向に向って左側道路端に乗用車が二、三台並んで駐車していたため、有効幅員約三メートルのところ、原告は、右側溝より約一メートル中央より附近を歩行中、後方より自動車の接近する気配を感じ、ふり向いてみると、自動車一台が進行してくるのを認めたので、これを避けるため、後方をふり返りながら右側溝より約〇・三メートル附近まで寄って前方に向きなおった瞬間、右側市営住宅の土手斜面から張り出した雑木の枝に右眼を接触、負傷したこと、右木の枝は、幅〇・二五メートルの側溝を越えて道路上になお一五センチメートル伸びており(本件事故直後、安井豊美が先端から三五センチメートルくらいを切除した。)、その高さは路面より約一・四一メートルで、丁度原告の眼の高さに一致し、雑木の品名は不詳なるも落葉し枝のみであったこと、原告は現場から徒歩二ないし三分の位置にある同じ市営住宅に居住し、同住宅内の友人宅を訪問しての帰途であったが、やや薄曇りの天気ではあったものの、進行方向に対し直線の緩い下り傾斜をなし、現場附近の見透しは良好であったこと、以上の事実が認められ、他に同認定に反する証拠はない。

2  ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の管理に瑕疵があるというのは、営造物の維持、修繕及び保管に不完全な点のあることを指し、その判断は、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して当該事故の発生が客観的に予測され得たかどうかによるべきものと解される。

3  これを本件についてみると、事故現場は、団地内の幅員約五メートルの車道・歩道の区別のない道路であって、原告宅から二、三分の距離にすぎず、かねて原告は、本件道路を利用することも多く、附近の地理、道路状況など、見馴れていたはずである。そして、現場附近は、道路添いに市営住宅の各入居者が思い思いに樹木や草花を植栽しており、本件事故直前、原告が歩行していた位置からは、前方が緩い下り傾斜であるうえ、直線状であるから、道路や道路脇に対する見透しも良好であった。

しかも、本件事故の雑木の枝は、幅員〇・二五メートルの側溝を除くと、僅か一五センチメートル余り路上に伸びていたに過ぎない。

かような、本件事故現場附近の場所的環境並びに道路の構造利用状況等に照らすと、本件事故は、原告が背後に自動車の気配を感じてふり向き、接近する自動車を現認してこれに気をとられたうえ、多分幾らかあわてて、前方や左右に対する注意を欠き、右側に避譲しながら前方に向き直ったため発生したものであって、むしろ、原告の不注意によるものというべく、かかる事故にまで、被告にその管理責任を問うことはできないものと判断する。もとより、道路の交通安全を確保するためには、本件のごとき木の枝一本に至るまで、およそ交通障害となるものはことごとくこれを除去するのが望ましいわけであるが、行政の管理能力も決して万能ではなく、自ずと一定の制約を伴うのは避け難いことであって、社会に生起する損害の公平な分担という不法行為制度の本質からも、道路を管理する行政と一般利用者とは、相互に危険回避のためそれぞれの責任分担を果すべきものと考えるのが合理的である。

従って、道路の安全保持義務は、道路管理者が全面的にこれを負担するのではなく、道路を利用する人や車も、自から容易に回避しうる損害については、自身でこれを回避すべき社会的義務を負っているということができる。

本件では、原告は、背後から自動車が接近してきたなどの偶然が重なり気の毒ではあるが、日常利用し、見馴れた自宅近くの道路ではあるし、かつ、見透しのよい場所であるから、歩行者としての前方注視義務を尽しておれば十分回避し得たはずであると思料されるのに反し、被告が、いかに道路の管理責任があるとはいえ、市民の通報その他により事前にこれを知り、あるいは知りうべき事情にあったなど特段の事情が存する場合を除き、路上僅か一五センチメートル余の木の枝を道路障害物として事前に発見除去することは難きを強いることではなかろうか。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について触れるまでもなく理由がないので、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧山市治)

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